ご転職希望者の皆様からよく頂くご質問に関して、檜山・佐賀法律事務所の弁護士 佐賀寛厚氏にご解説頂きました。
全4回連載で予定をしておりまして、初回の「退職意思の伝え方について」に引き続き、第2回目は、「競業について」です。
従業員の退職後の競業について
−「会社に退職すると伝えたところ、競業禁止義務に違反するので、同業他社に転職してはいけない、と言われたのですが、どうすればいいでしょうか?」というご相談をよくいただくのですが、社員が、会社を退職後、同業他社に転職した場合、法的に問題はあるのでしょうか?
従業員の退職後の競業は原則として自由ですので、一般的には、退職後は競業禁止義務(従業員が会社と競合する事業活動を差し控える義務)を負わないものと考えられています。
もっとも、退職後の競業禁止義務が、会社の就業規則や誓約書等に記載されている場合には、その義務違反が問題となります。
競業禁止義務のリスクについて
−もし、就業規則や誓約書等に競業禁止義務が記載されている場合、退職後、同業他社で働くことについて、どのようなリスクがあるのでしょうか?
会社から、①損害賠償請求をされるリスク、②退職金制度がある会社では退職金が減額支給または不支給とされるリスク、③競業行為を差止請求されるリスクなどが挙げられます。
もっとも、後述のとおり、競業禁止義務の有効性は厳しく判断されていますので、就業規則や誓約書等に競業禁止義務が記載されていたとしても、当然に、会社からの請求が認められるわけではありません。
退職後の競業禁止義務の規定について
−退職後の競業禁止義務の規定等が無効となることがあるのですか?
そうです。従業員には、「職業選択の自由」が憲法上の権利として保障されています。そのため、退職後の競業禁止義務の規定等が存在したとしても、裁判例では、上記規定等の有効性は厳しく判断される傾向にあります。
そして、必要かつ合理的な範囲を超えた上記規定等については、公序良俗に反するものとして無効となります。そのため、無効と判断された場合、会社による上記請求は認められず、同業他社で働くことは何ら制限されないこととなります。
退職後の競業の有効性について
− 退職後の競業禁止義務の規定等が有効かどうかについては、どのように判断されるのでしょうか?
裁判例上、退職後の競業禁止義務を定める規定等の有効性は、
①会社の保護利益
②退職者の従前の地位
③競業を禁止される期間、地域、業務内容・対象の範囲
④代償措置の有無・内容
などにより判断されています。そして、これらの要件の具体的な内容については以下のように考えられています。
①会社の保護利益
退職者の職業選択の自由を制限するに足りる程度の保護利益が会社に存在する必要があります。一般的には、保護利益としては、技術・ノウハウ、顧客情報等の技術上・営業上の秘密、情報、顧客の維持などが挙げられ、単に、競争相手となり得る退職者を排除する目的や退職を防止する目的などは会社の保護利益とは認められません。
②退職者の従前の地位
取締役等の地位が高い者や技術上の秘密を保有している従業員については、上記規定等の必要性が認められやすい傾向にありますが、一般従業員については必要性が認められにくいとされています。もっとも、地位にかかわらず、保有している機密情報や人的コネクションの有無によって具体的に判断されます。
③期間、地域、業務内容・対象の制限範囲
競業禁止の制限期間について、裁判例の傾向としては、2年を超えると長すぎる(違法である)と判断するものが多いです。ただし、他の事情との関係で、6か月や1年以内でも長すぎると判断されることもあります。
また、地域的制限の有無が有効性の判断に決定的影響を与えるわけではないですが、業務の内容・対象が無制限とされているものについては無効と判断される裁判例が多いです。
④代償措置の有無・内容
代償措置とは、退職者が競業禁止義務を負う対価として、受領する経済的利益(金銭、株式など)をいいます。裁判例上、このような代償措置を不可欠の要素としていると思われる裁判例もあり、有効性を判断するうえで重要な要素です。
退職後の競業の無効判断について
− そうすると、これらの4つの判断要素の1つでも満たしていなければ、退職後の競業禁止義務の規定等は無効と判断されるのでしょうか?
上記①から④の判断要素については総合的に考慮されて判断されますので、どれか1つを満たしていないからといって、すぐに無効となるわけではありません。
実際、裁判例でも、個別事情を具体的に精査して、無効かどうかを判断しています。そのため、明確な判断基準がなくわかりにくいことから、同業他社に就職をお考えでお悩みの方は、これらの事情に詳しい専門家に相談されることをお勧めします。