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退職にあたって従業員が会社に対して負う義務について(寄稿:弁護士 佐賀寛厚氏)

 ご転職希望者の皆様からよく頂くご質問に関して、檜山・佐賀法律事務所の弁護士  佐賀寛厚氏にご解説頂きました。
本コラムは、4回連載で予定をしておりまして、最終回は、「退職にあたって従業員が会社に対して負う義務について」です。

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目次

退職時の誓約書に関して

「会社に退職すると伝えたところ、退職の際に誓約書を提出してもらう決まりになっていると言われました。誓約書を見ると、未払いの残業代がないことや同業他社へ就職しないことなどを誓約する規定が入っているため、できれば提出したくありません。」というご相談をよくいただきます。このように、退職にあたって会社から誓約書の提出を求められた場合、従業員は従わなければならないのでしょうか。


 退職にあたって、誓約書を提出しなければならないという法的義務は存在しないため(東京地裁平成15年9月19日判決・労判864号53頁)、誓約書の提出に応じる義務はありません。

なお、就業規則に、退職時に誓約書の提出を義務づける規定が存在する場合、提出を拒否したことを理由として就業規則違反を問われるおそれはありますが、会社が退職間近の従業員に対して誓約書の提出義務違反を理由として重い懲戒処分を下すことは考え難く、また、仮にそのような処分が下されたとしても無効になる可能性が高いと思われます。

退職時の誓約書の強制

「退職の際に会社から誓約書の提出を求められたため、何度も拒否したのですが、結局上司に押し切られる形で提出してしまいました。誓約書には、退職金を放棄することや同業他社へ5年間就職しないことを誓約する規定があるのですが遵守する必要はあるのでしょうか。」という相談もよくいただきます。このように、会社から要求された誓約書を提出してしまった場合には、その効力は常に認められてしまうのでしょうか。


 誓約書の内容や提出した経緯によりますが、半ば強制的に不利な内容の誓約書を提出させられた場合には、そのような誓約書の効力は無効とされる可能性があります。

 例えば、ご相談いただいた事項のうち、退職金の放棄については、当該意思表示が真に自由な意思に基づくものであるかを慎重に検討したうえで有効性を判断すべきと考えられています(最高裁昭和48年1月19日判決・民集27巻1号27頁)。

そうしたところ、一般的に、従業員から積極的に退職金を放棄するとは考え難く、会社からの強引な働きかけにより放棄させられることが多いと思われるため、真に自由な意思に基づくものとはいえず無効と判断される余地が十分にあります。
 なお、同業他社への転職禁止に関する条項の有効性については、「退職に際してお困りの方からのよくあるご質問 競業について」 をご参照ください。

退職時の引き継ぎ

「会社を退職する際に、会社から後任者に対し業務の引継ぎを行うよう指示されたのですが、退職に際して業務を引き継ぐ義務はあるのでしょうか。」というご相談をいただくことがあります。一般的に、退職者は会社に対し退職時までにどのような義務を負うのでしょうか。

 従業員は退職するまでは、①秘密保持義務や②競業避止義務を負い、また、③引継義務、④書類を整理する義務などを負うこともあります。

 すなわち、退職するまでは雇用契約が継続しますので、雇用契約に付随する義務として、従業員は会社の正当な利益を侵害しないよう誠実に行動すべき義務を負うと考えられています(東京地裁平成26年3月5日判決・労経速2212号3頁等)。

具体的な義務の内容としては、秘密保持義務や競業避止義務が挙げられます。

また、業務の引継ぎや書類の整理を行う義務については、雇用契約に付随する義務に該当するかどうかは争いがあるものの、就業規則に従業員が守るべき義務として規定されていることが多いため、結果として、従業員は会社に対して当該義務を負うことが多いと思われます。

 なお、引継義務及び書類整理義務に関して、会社から後任者が決まらないなどの理由で退職日を遅らせるよう要求されることもよくありますが、従業員としては、これらの義務を履行できる通常の期間の余裕をもって退職の意思を通知し、かつ、後任者の業務に支障が出ない程度に対応していれば十分であり、これを超える義務は負わないと考えます。

退職時の調査

「会社に退職を申し出た後、会社が私の使用していた社用パソコン内のデータへのアクセス履歴やプリンタの使用履歴を調べたようで、上司からデータにアクセスした理由や資料の印刷の事実の有無について説明を求められたのですが、これに応じる必要があるのでしょうか。」という相談をいただくことがあります。会社から不正行為を疑われた場合に、従業員としては調査に協力する義務はあるのでしょうか。

 従業員は雇用契約に付随する義務として企業秩序遵守義務を負っているため、不正調査に協力すべき義務を負う場合があると判断した裁判例があります(東京地裁平成16年9月13日判決・労判882号50頁)。

もっとも、この裁判例でも、会社の事業の円滑な運営を図るために必要かつ合理的な範囲で調査に協力すれば十分であると判断されています。

 どのような範囲で義務を負うかは個別事案によりますが、ご相談のケースでいいますと、そもそも、会社が問題視している企業の秩序に違反する行為の内容が不明なため、どのような理由で説明を求められているかを会社に特定させたうえで、当該内容に必要かつ合理的な範囲で調査に応じれば十分と考えます。もっとも、会社への説明内容次第ではご自身に不利に働くことが心配な場合には、具体的な対応方法について弁護士に相談されることをお勧めします。

退職時の資料の持ち出し

「会社に在職中に作成した資料やデータについては全て会社に著作権が帰属していることになるため、一切持出ができないのでしょうか。」との相談をいただくことがあるのですが、どのように考えるべきでしょうか。

 従業員が会社の指示を受け、または、業務に関連して作成した資料やデータについては、原則として、職務著作(著作権法第15条)に該当するものとして会社が著作者となるため、対外的な利用を目的とした持ち出しは著作権法違反に該当するおそれがありますので注意が必要です。

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この記事を書いた人

佐賀 寛厚のアバター 佐賀 寛厚 檜山・佐賀法律事務所

京都大学・京都大学法科大学院卒業後、2008年弁護士登録し須藤・高井法律事務所入所。2014年きっかわ法律事務所入所。2020年檜山・佐賀法律事務所 開設。また、2014年〜2019年まで京都大学法科大学院の非常勤講師を務める。企業法務・労働事件を中心に幅広い業務を取り扱う。

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