近年、個人投資家の増加やネット証券の台頭を受けて、証券業界の構造は大きく変化を遂げている。個人投資家の「低コスト志向」により、ネット証券は取引手数料の引き下げやポイントバック制度を競っている状況だ。
そこで本記事では、証券業界の現状分析と今後の展望について解説していく。
各大手証券会社の直近決算(2022年3月期通期)状況
証券業界の現状を抑えるために、各大手証券会社の直近の決算状況を確認しよう。ここでは、大和証券、野村證券、SBI証券の3社の直近決算の概況を紹介する。
大和証券
大和証券の2022年3月期通期の決算は、連結純営業利益が502,093百万円、連結経常利益は135,821百万円となっている。前年同期では、連結純営業利益が466,660百万円、連結経常利益が115,175百万円であるため、増収増益の結果となった。
野村証券
野村証券の2022年3月期通期の決算は、税引前利益が2,266億円、当期純利益が1,430億円となっている。前年同期では、税引前利益が2,307億円、当期純利益が1,531億円であるため、減収の結果となった。
SBI証券
SBI証券の2022年3月期通期の決算は、純営業収益が157,027百万円、経常利益が62,057百万円となっている。前年同期では、純営業収益が149,124百万円、経常利益が61,896百万円であるため、増収増益の結果となった。
証券業界の動向
現在証券業界を取り巻く動向は、主に以下の点に集約される。
- NISA・iDeCo制度の浸透
- ネット証券の台頭
- 顧客の高齢化
それぞれ詳しくみていこう。
NISA・iDeCo制度の浸透
2014年から始まったNISA制度は、2021年6月末時点で約1,660万口座が開設されており、1年前の2020年6月と比較すると約210万口座増加していることとなる。利用者は毎年増加しており、NISA口座での買付額は約24兆円にも上るほどだ(2021年6月末時点)。
また、iDeCo(個人型確定拠出年金)の加入者も、2022年4月時点で約240万人となっており、こちらも毎年順調に加入者が増加している。
特にコロナ禍以降は、個人顧客の間でも資産運用への意識が高まっており、こうした状況が証券業界にとって追い風であるのは間違いないだろう。
ネット証券の台頭
個人投資家の増加やNISA制度の浸透を受けて、証券業界ではネット証券が存在感を増している。これまで株式や投資信託などの金融商品は、「営業担当者から提案を受けて購入するもの」であったのが、「ネットで調べて自ら購入するもの」へと投資家の意識が大きく変化しているのだ。
それに加えて、投資家の「低コスト志向」も加速している。ネット証券は軒並み取引手数料を引き下げており、ポイントバックなどの特典にも力を入れている状況だ。
一方、多くの店舗や従業員を抱える総合証券では、ネット証券と同様の手数料体系を取ることは難しい。この手数料競争の波のなかで、どのような舵取りをするかが、今後の明暗を大きく分けるだろう。
顧客の高齢化
高齢化の問題は、証券業界にとっても深刻だ。総務省統計局の家計調査(2021年)によると、2人以上の世帯の貯蓄高の平均値は1,880万円であるのに対し、60~69歳の世帯平均は2,537万円、70歳以上の世帯は2,318万円となっており、大きく平均を上回っている状況である。
つまり、日本では高齢者ほど貯蓄残高が多い状況であり、証券業界でもメインの顧客層となっている。ただし、高齢者顧客に対する勧誘は年々コンプライアンス規制が厳しくなっており、これまでと同様に営業活動を行えない環境となっている。
日本証券業協会が提示する高齢者勧誘の規定には、「提案時における役職者の同席」や「翌日以降の受付手続き」など、高齢者への営業活動に対して様々な制限が設けられている。もちろん顧客を守るためには欠かせないものではあるが、高齢者顧客の売買頻度の減少など証券業界にとって減収の要因となることは間違いないだろう。
また、地方に地盤を持つ証券会社では、人口減少による都心部への資金流出も深刻な問題といえる。
証券業界の今後の展望
証券業界の現状を抑えたうえで、今後の展望について考えてみよう。
若年層顧客の取り込み
証券業界では大きく収益構造が変化していることに加えて、顧客の高齢化が深刻な問題となっている。証券業界の成長性のカギを握るのは若年層の顧客獲得であるといえるだろう。
そのためには、NISA・iDeCo制度のさらなる浸透は欠かせないものとなる。2022年からは高校家庭科で金融教育が盛り込まれるなど、「貯蓄から投資へ」の機運は確実に高まっているといえる。「資産所得倍増計画」で触れられたNISA制度の拡充が実現すれば、証券業界にとっても明るいニュースになることは確実だ。
投資家の意識の変化
機関投資家や個人投資家の意識の変化も見逃せないポイントである。近年ではESG投資を通じてサスティナビリティへの意識が高まっており、投資対象への着眼点や評価対象が大きく変化している。
証券業界もサスティナビリティへ取り組むのはもちろんのこと、SDGsに貢献する金融商品の組成など、変化する投資家のニーズにいち早く応えていく必要があるだろう。
付加価値の提供
営業店舗を持つ総合証券では、ネット証券の台頭により事業の変革を迫られている。これまでのような対面営業が当たり前ではなくなった時代で生き残るためには、顧客へ付加価値を提供できるかが大きな課題となるだろう。
たとえば野村證券では、営業部門の主軸をコンサルティング業務へシフトチェンジしている。「ただ金融商品を販売して稼ぐ」のではなく、金融のプロとして顧客のマネープランに寄り添った資産運用コンサルティングを提供するというものだ。
ネット証券は便利で低コストであることには間違いないが、やはり「専門家から直接アドバイスを受けたい」と考える顧客は多いだろう。こうした顧客層へ付加価値営業を提供することこそが、総合証券の生き残る道ではないだろうか。
参考文献
- 日本証券業協会「当面の主要課題(令和3年7月策定)」
- 金融庁「NISA・ジュニアNISA口座の利用状況に関する調査結果の公表について」
- 国民年金基金連合会「業務状況」
- 総務省統計局「家計調査報告(貯蓄・負債編)-2021年(令和3年)平均結果-(二人以上の世帯)」